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福岡高等裁判所 昭和30年(う)2886号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人諫山博の陳述した控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人及び弁護人大家国夫、岸星一、萩沢清彦提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意第一点イについて

原判示第一事実は原判決引用の当該証拠によりこれを認定するに足る。しかも前示証拠中被告人の検察官に対する第四回供述調書(昭和二十八年十二月九日付)第一項証人中島宗男、同田村一雄の各尋問調書の記載によれば被告人が荷物が原判示第一事実の如く牧山工場従業員組合に集荷されたことを聞知し、該荷物が其の組合員に渡ることを妨げる目的を以て前記会社事務所に赴き同所内に立入つた上前記荷札をはぎ取り一旦事務所外に立出でた後更に第二組合員説得の目的で事務所内土間を通つて同所二階にある第二組合事務所に赴いたことが明白である。

同控訴趣意第一点ロについて

前示証拠によれば右の荷物が自見産業株式会社の土間に存在していた事実が明白であり、しかも該個所は同会社社長自見真清の管理に属することも亦明らかである。もとより正当の目的を有する者が該個所に立入ることは違法ではないけれども被告人は前示認定のとおり本件荷物が其の届先である牧山工場従業員組合員に渡ることを阻止する目的を以て本件個所に立入り右荷物より荷札をはぎ取つている以上被告人は刑法第百三十条の罪責を免かれ得ない。論旨は独自の見解に過ぎない。

同控訴趣意第一点ハについて

所論引用の原審証人内田洗は「本件荷物は家族の者から届けられたものであり附箋のついたものもあつたが、これのないものには組合で荷札を附したそれは届先の本人の手に確実に渡すためであるこれをつけないと誰に渡してよいかわからない荷札十枚位がはぎ取られた為届主に失礼と思つたが荷物を解いて調べた結果七個には内部に名前が書いてあつたので本人に手渡した三個は届主が不明だつた」旨証言しているのであつて七個の荷物が荷札をはぎ取られた侭の状態で其の届主が判明したわけではない。もとより荷札使用の目的は通例輸送用荷物の届先を明認し得る為のものであるから前示の如く荷主の承諾なく荷物を開いて其の届主を発見し得たとしても既にはぎ取られた荷札本来の効用は滅却したと謂わざるを得ない。されば本件荷札をはぎとりこれを持去つて荷札本来の効用を滅却せしめた被告人の所為は刑法第二百六十一条の犯罪を構成する。

同控訴趣意第二点イについて

原判決が原判示第二事実認定に引用した証拠特に日並九十九及び被告人の司法警察員安田猪雄に対する昭和二十八年十月二十二日付第一回供述調書第一八項乃至第二一項等によれぼ昭和二十八年十月十七日午後十時前後井上敏之、宮原次郞吉等旭硝子牧山工場労働組合員等は八幡市錦照寺隣の天理教教会において戸畑市沖台通り一丁目自見産業株式会社二階にある旭硝子牧山工場従業員組合事務所及び同工場幹部の居住する戸畑市向町及び金原町所在中野社宅え示威行進をなすことを提案しその行進は右井上が指揮したこと並びに右錦照寺に合宿中の曹達灰係のピケ隊員もこれに賛同したことが明白であり又被告人は同日午後十一時頃枝光駅前の電車通下の大道を同僚数名と通行中前記錦照寺のピケ隊員の気勢を掲げる声を聞きつけ直ちに同寺に赴いたところ同寺の庭において右ピケ隊員より「今から第二組合と中野社宅にデモをかける」旨を知らされるや同行者数名と共にこれに賛成し直ちに右示威行進に参加して同寺を出発したことが明白である。されば原判示第二の冒頭認定事実は必ずしも事実誤認とは謂われないのみならず、仮りに所論のとおりとしても該誤認が判決に影響を及ぼすものとは認められない。

同控訴趣意第二点ロ、ハについて

被告人の前記供述調書第二三項乃至第二五項及び日並九十九の検察官に対する第二回供述調書第一項によれば被告人は前記控訴趣意第二点(イ)の判断に記述した示威行進が前記自見産業株式会社二階にある旭硝子牧山工場従業員組合(所謂第二組合)事務所附近に達するやピケ隊員等が「裏切者」「出て来い」「裏切者の看板を外せ」等叫び出すや被告人も亦興奮し報復手段として同事務所所属組合員所有の旭硝子牧山工場従業員組合と書いてある長さ約二米幅約四十糎の木製看板を取外しこれをみやげにすることを決意し原判示の如くこれを取外したところピケ隊員より「ウワー」と熱烈な声援を送られたが被告人がおとした右看板は直ちに井上敏之においてこれを拾い大谷正義方板塀内に投げ捨てた事実を認定するに足る。されば被告人は原判示の如くピケ隊員等と意思相通じ前記の行動をなし以て右看板の効用を失わしむる意図があつたものと認むるを相当とする。従つて右看板を取り捨てた者が被告人でなく又井上敏之でもなくピケ隊員中の誰かであつたとしても被告人は器物毀棄罪の責を負うのは当然である。

同控訴趣意第二点二について

刑法第二百六十一条に所謂損壊とは物質的に器物其の物の形体を変更又は滅尽せしむる場合のみならず事実上若しくは感情上器物を其の用方に従い使用することを能わざる状態に至らしめた場合を包含する(大審院大正十年三月七日言渡判決参照)これを本件につき検討して見ると原判決が原判示第二事実認定に引用した証拠によれば被告人等が昭和二十八年十月十七日本件看板を取り外し即時これを同所から約百四十米西方の大谷正義方板塀内に投げ捨てられた後同年十一月一日大谷正義より司法警察員平田七男に提出される迄約十四日間右看板の所在を不明とした為旭硝子牧山工場従業員組合は其の間事実上右看板を其の用方に従い利用をなし得ない状態にあつたことが明白であつて、かかる場合は単に看板を取り除きその場にこれを放置し且つ被害者において直ちにこれを利用し得る状態にある場合とは異り、看板本来の効用を滅却したものと謂わざるを得ない。されば被告人の本件所為は刑法第二百六十一条に該当する犯罪であると解するを相当とする。しかして又前示の如く被告人の右所為が刑法第二百六十一条所定の犯罪構成要件を充足するものである以上単に看板を取り除き又は汚す程度の所謂いたずら者の処罰を目的とする軽犯罪法第一条第三十三号の適用は考えられない。

同控訴趣意第三点について

原判示第三事実認定に引用した原判決の証拠に明白な昭和二十八年十月十七日夜における被告人等の本件示威行進中の前説示のとおりの言行行動に徴すれば被告人が他のピケ隊員と共謀の意思があつたと認定するに十分である。しかも、被告人も亦扉等に体当りをなした事実が右証拠上明白であるのみならず被告人等の示威行進は労働組合の単なる正当な権利行使ではなくこれを逸脱した暴力を伴うものであつたことが本件記録上明認し得るのである。論旨は独自の見解に過ぎず採用し得ない。

同控訴趣意第四点イについて

原判決が原判示第四事実認定に引用した証拠によれば戸畑市金原町所在旭硝子株式会社中野社宅は当時同会社牧山工場嘱託林芳蔵(其の後自動車事故の為死亡)が責任者として看守していたもので同所内社宅二十数戸は石垣又は煉瓦塀を以て囲まれ一般民家と区劃され同社宅に入るには北東側北西側及び南側に三個の門があり右三個の門はいずれも木製観音開の戸があり内側より閂によつて閉める様な仕組となつていて毎晩午後十時過頃右林が之等の門を締めることになつており本件当夜も亦右の門は閉められたのを被告人等のデモ隊がこれを破壊侵入した事実が明白である。されば右社宅は単に多数人の住居せる一廓内に過ぎないものではなく社宅二十数個を含む一の邸宅であると解するを相当とし被告人の本件所為が刑法第百三十条の罪を構成すること勿論である。所論引用の判例は本件に適切でない。当審検証当時一部の門扉は昼夜の別なく開門されている事実が認められるけれども右は同邸宅内の一部の住宅取毀の為の臨時措置であることが明かであるから前段認定の妨げとなるものではない。

同控訴趣意第四点について

原判示第四事実後段が審判請求の対象になつていることは後記控訴趣意第五点についての判断に示したとおりである。しかして、右事実認定に引用した原判決の証拠によれば被告人がピケ隊員と共謀の意思に出でた事実が認定できることは前示控訴趣意第三点についての判断に示したと同様である。

同控訴趣意第五点について

論旨は要するに本件起訴状記載の公訴事実第四の冒頭文中「更に同日午後十一時五十分頃右工場製板課長桑原幸二郞外同工場幹部居宅の蝟集する同市金原町六丁目旭硝子中野社宅に至りデモ行進をなし、一部の者は前同様の方法により同人外八名居宅の裏木戸表玄関扉、同硝子戸等を損壊すると共に当時右居宅に現在中の家人を畏怖せしめたのであるが」は形どおり公訴事実第四の冒頭に置かるべきものであつて、之は検察官の釈明によつても審判請求の対象となつていない。もし審判の対象となつていたとすれば、刑事訴訟法第二五六条第三、四項(第三号とあるは誤記と認む)に違反している。しかるに之を原判決が第四の後段において暴力行為等処罰に関する法律第一条違反の所為として処断したのは同法第三七八条第三号に違反すると謂うのである。

固より起訴状に記載すべき公訴事実は訴因として明示されたものでなければならない。法がかように厳格に規定したのは何が審判の対象であるかを知らしめ、被告人をしてその防禦を尽さしめんとするにあることは言うを俟たない。本件起訴状の事実の記載は指摘の通り拙劣の批難を免れない。しかし同事実第四冒頭記載の各事実は之を分析すれば原判示第二乃至第四の事実中各暴力行為等処罰に関する法律第一条違反の犯罪事実の構成要件を充足するものであることも否定し得ないところである。従つて訴因の特定として欠くるところはない。尤も起訴状公訴事実中第四の(三)については特に暴力行為等処罰に関する法律違反の罪名は勿論、同法第一条なる罰条の記載もなく、単に邸宅侵入刑法第一三〇条とあるのみであることは所論の通りであるから、右金原町中野社宅における原判示第四後段の事実については、単なる事情としての記載であつて訴因として掲げられたものでないのではないかとの疑なきを得ない。しかし原審第一回公判調書の記載によれば検察官は右事実をも公訴事実第四の(二)の前に置かるべきものであると釈明して居ることが明かに認められる。そして右第四の(二)については、暴力行為等処罰に関する法律第一条違反なる罪名罰条の記載がなされているのであるから、検察官は前記事実(原判示第四後段の事実)をも右第四の(二)の犯罪事実と並列的に訴因として審判請求の対象とし、罪名罰条も之を引用して口頭により追加したものと解しなければならない。しかも原審の審理経過に鑑みれば弁護人及び被告人から右の点に関し何等異議の申立がなかつたことが明認できる。して見れば原審は公訴事実第四の(三)の邸宅侵入の訴因と之に続き行われた暴力行為等処罰に関する法律違反第一条違反の事実とを合併して原判示第四の事実として認定したものであつて、右は刑事訴訟法第二五六条第三、四項に違反することもなく、又審判の請求を受けない事実につき審判をなしたものと謂われない。

同控訴趣意第六点について

弁護人等は原判示第一事実中の被告人の荷札はぎとりの行為は正当防衛又は緊急避難行為に該当すると主張するけれども旭硝子株式会社牧山工場労働組合(以下牧労と称す)より脱退し同工場の所謂第二組合である従業員組合(以下牧従と称す)を結成した者の家族が其の組合員に物資を送付することも亦各家族の自由に行い得る行為であつてこれを目して急迫不正の侵害であるとは謂われない。牧労に属する者が牧従に属する者をスト破りの裏切者と見たとしても其の裏切活動若しくはこれを援助することを阻止する為には法の許容する範囲においてこれを行うべきであつて、其の範囲を逸脱することは許されないのであるから右物資輸送の阻止は此の限度において行うを要するのみならず被告人が右輸送荷物に附した荷札をはぎとつたのは其の一部分であり被告人の牧従に対する単なるいやがらせ又は報復の行為であつたことが原判決の原判示第一事実認定に引用した証拠上明白である。されば被告人の右所為は右物資輸送を阻止する為止むことを得ざるに出でた行為とは謂われないのであつて所論の如く刑法第三十六条又は同法第三十七条の要件を具備するものとは考えられない。

同控訴趣意第七点について

弁護人等は原判示第一乃至第四の各事実中の被告人の各所為はいずれも期待可能性理論によつて責任を阻却すると主張するけれども所謂労働組合の示威行進、或は、スト破りの為のピケツト等そのものは労働者の正当な権利であること勿論であるものの、原判示事実の如き犯罪を犯かしたのは、法の許容する範囲を逸脱したものであつてこれを正当な労働者の権利行使であると認める訳には行かないのみならず原判決引用の証拠によれば被告人及び其の共謀者の前示犯罪行為は牧従又は前記会社側に対するいやがらせ或は、報復手段に出でた軽挙妄動であつたとも認められるから、仮令所論のような事情が存したとしても法治国における労働者は沈着冷静に法の許容する限度において其の組合活動を行うべきである。されば何人も被告人と同一情況下においては本件の如き犯罪行為をなす以外に方法がなかつたとの蓋然性は考えられない。期待可能性理論は緊急行為の一形態に属するものであつて正当防衛又は緊急避難に該当しない行為の存する場合これが責任を阻却する為の救済理論でありこれを適用するに当つてはあらゆる角度から厳密な検討を要すべきである。若し所論の如き場合に常に犯罪行為をなすも右は期待可能性がなく、その刑事責任は阻却されるものとすれば社会生活の秩序は維持するを得ざるに至る。論旨は独自の見解に基ずくものであつて採用しない。

以上説示の外原判示事実は原判決の引用した当該証拠によりこれを認定するに足り記録を精査し、当審事実取調の結果(叙上認定に反する証拠は措信しない)に徴して見ても原判決には判決に影響を及ぼすべき事実誤認は勿論法令適用の誤りの廉は存しない。論旨は原判決の採らなかつた証拠に基ずくか或は独自の見解に基ずいて原判決を攻撃するものであつていずれも理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし同法第百八十一条第一項本文に則り当審の訴訟費用は被告人の負担とし主文のとおり判決する。(昭和三一年六月二〇日 福岡高等裁判所第一刑事部)

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